福岡高等裁判所 昭和33年(ネ)162号 判決 1961年7月20日
控訴人 宮崎宣久 外二名
被控訴人 江口伊左衛門
主文
原判決主文第一、二項ならびに末項の一部を次のとおり変更する。
控訴人宮崎宣久、同鬼木俊香は金一二五万円と引換に被控訴人に対し控訴人宮崎において福岡市大字春吉字葭原一六八五番地宅地七二坪五勺、同所同番地の四宅地三〇坪、同所同番地の五宅地二坪五合につき、控訴人鬼木において福岡市大字春吉一六八五番地家屋番号西中州本町三〇番木造瓦葺二階建居宅一棟建坪三三坪一合外二階一六坪二合五勺同所同番地の四家屋番号西中州本町三〇番の三木造瓦葺二階建居宅一棟建坪一三坪五合外二階一四坪二合五勺につきそれぞれ昭和二四年一二月一日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
被控訴人その余の請求を棄却する。
控訴人宮崎同鬼木のその余の控訴、控訴人都田の控訴を棄却する。
被控訴人と控訴人宮崎同鬼木間の訴訟費用は第一、二審を通じ全部控訴人両名の負担とし、控訴人都田の控訴費用は同控訴人の負担とする。
事実
控訴人宮崎、同鬼木は「原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、控訴人都田の代理人は前同旨の判決及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、被控訴代理人は「控訴人等の控訴を棄却する、控訴費用は控訴人等の負担とする」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の事実及び証拠の関係は、控訴人宮崎、同鬼木において仮りに被控訴人主張の売買契約が成立存続するとしても被控訴人は売買代金二二五万円中一〇〇万円を支払つただけで残額金一二五万円の支払をしないのであるから、控訴人両名は右売買による債務の履行を拒むものであると述べ、立証として乙第一三号証の一ないし三、同一四号証の一、二同第一五、第一六号証を提出し、当審証人小林啓邦、同大藪幹太郎、同森山満、同鬼木万次郎(当審第二回)の各尋問を求め、控訴人都田の代理人において(一)被控訴人と控訴人宮崎同鬼木間の本件売買は契約の締結までに至らなかつたし、かりに約定が結ばれたとしてもたかだか売買の予約程度に過ぎなかつたし、その予約も後日効力を失なつたのであり、以下の諸点はこの間の事情を表明するものである。
(イ)売買契約を証明するに足る確たる書面が存在しない。(ロ)被控訴人は金一〇〇万円を交付するにつき控訴人両名から見返りとして五〇万円の小切手二通を受取つているから右金一〇〇万円は売買代金ではなく貸金と目すべきである。またその後交付した金四〇万円の小切手を貸金として請求している点からしても、右金一〇〇万円が売買代金でないことが分る。(ハ)被控訴人が援用する甲第九号証には控訴人等は押印を拒否しており、同号証には境界の明記がなく、また同号証作成当時には既に同号証記載の明渡期限を経過して明渡の困難なことが判明していたし、さらに同号証には代金の決済について「全部明渡しのうえ、一切の債務の全額と差引計算の上残額を授受する」との条項があるが、右条項は被控訴人が右債務を引受けることを前提とするものであるのに、引受をしなかつた。(ニ)被控訴人は本件建物の明渡ができないならといつて金の返済を請求している。(ホ)本件売買契約は建物の完全明渡が成立要件であつたのにその明渡しができていない。(ヘ)売買の目的物件である本件宅地建物を売主である控訴人鬼木、同宮崎らにおいて他に売却処分しようとした行為について被控訴人は何等その間対策を講じていない。
(ニ)仮りに被控訴人と控訴人宮崎同鬼木間に被控訴人主張の売買契約が成立したとしても、控訴人都田は右売買契約が結ばれていた事実を知らずに本件宅地建物の引渡及び所有権移転登記手続を受けたものであり、しかも被控訴人の仮処分登記がなされたのは控訴人が右物件を買受け引渡しを受けて入居した後であり、被控訴人はいまだに所有権取得の登記手続をしていないから、その所有権取得をもつて控訴人に対抗することができない。(三)控訴人は本件家屋に入居して以来大工左官の費用と材料代など合計金五〇万円を支出して家屋の補修を行い、右支出額相当の価値はなお現存しているので、その支払を受けるまで本件家屋を留置する、と述べ、立証として丙第六号証の一ないし三、同第七、第八号証、第九号証の一ないし三を提出し、当審証人鬼木万次郎(当審第一回)、同都田恒夫、同村上キクヱの各尋問を求め、被控訴代理人において当審における控訴人等の主張はこれを争うと述べ、立証として当審被控訴本人尋問(第一、二回)を求め、乙第一三号証の一ないし三、丙第六号証の一ないし三、同第九号証の一ないし三の成立を認めるが、その余の乙号丙号各証(当審提出分)の成立は知らないと述べた外は、原判決の示すとおりであるから、これを引用する。
理由
本件各当事者間に争いがない事実、係争の本件宅地建物について被控訴人と控訴人宮崎同鬼木等の代理人鬼木万次郎間に昭和二四年一二月一日代金二二五万円引渡期日同月末日の約定で右控訴人両名から被控訴人に対し売渡す旨の売買契約が締結され代金の内金一〇〇万円が授受された事実の認定、控訴人等提出援用の証拠によつては右認定を左右しえない所以、ならびに控訴人都田の本件宅地建物の所有権取得が被控訴人に対抗できないこと、以上については当裁判所も原審のそれと同じであるから、原判決理由第一の一ないし三、第二の一ないし三(第二の三は前段まで)をここに引用する。ただし原判決理由一一枚目表八行目に「(ワ)第五四九〇号」とあるは「(ワ)第五四九号」の、同裏八行目の「効を秦する」は「効を奏する」のそれぞれ誤記と認めて訂正し、原判決理由第二の冒頭(原判決一五枚目表八行目)に「前記第一の一掲記の各証拠により」の次に「(ただし被控訴人と控訴人都田の関係においては、甲第一〇号証は原審証人鬼木康久の証言及び原審控訴本人宮崎の供述によりその成立を認めることができ甲第一三号証は原審被控訴本人の供述(第一回)によりその成立を認めることができる)」とつけ加える。当審証人鬼木万次郎(第一、二回)、同小林啓邦、同森山満、同大藪幹太郎の各証言中前認定に反する部分は、原審認定に供した証拠と対比し措信できない。なお当審は次のとおり説示を加える。
(一) 被控訴人が見返り小切手を一旦徴したのにかかわらず、金一〇〇万円が貸金でなく売買代金の内金と目すべきで被控訴人が貸金として請求する意図を有していなかつた所以は原審挙示の証拠特に甲第八号証の二、甲第一三号証により明らかであり、原審及び当審証人大藪幹太郎の「被控訴人が本件宅地建物は買わないから貸した金を返せといつて請求にきた」旨の証言部分は前掲証拠と対比し措信するに足りず、他に前記金一〇〇万円が売買代金の一部であるとの認定をくつがえしそれが貸金であり被控訴人が貸金として請求した事実を認めるに足る証拠はない。
(二) 原判決挙示の甲第九号証には、残売買代金の支払時期及びその方法に関し「売渡物件全部の明渡の上代金残額の支払を受くべく、その際売渡物件の上に設定せられた抵当権のある債務その他本物件に関する一切の債務の金額と差引計算をなしその残額を授受するものとする」旨の条項があるが、同号証は原判決挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば被控訴人と控訴人宮崎同鬼木両名の代理人鬼木万太郎との間に昭和二四年一二月一日本件宅地建物を一括して代金二二五万円と定め同月末日を最終引渡期日とする旨の大綱を約定して被控訴人が内金一〇〇万円を支払つた後、万次郎において契約書を作成して持参するとの約に反したため、残代金の支払時期方法その他の細かい点についてまではまだ協定せられていなかつたけれども、被控訴人において自ら売渡約定書案二通(甲第九号証及び乙第五号証、ただし乙第五号証の本文のみ)を作成したものであること、したがつて同号証記載条項の全部が既に約定せられていたわけではなく、前記残代金の支払時期方法についても被控訴人が右控訴人両名の債務を引受けることを前提とする同条項のような確約はなかつたことを認めることができる。また本件宅地建物を控訴人等が完全に明渡しうることが売買契約の成立要件であつたとの事実を認めるに足る証拠はない。
(三) 控訴人等の代理人鬼木万次郎が本件宅地建物を新聞広告で売りに出したり、自由党福岡県支部に売却方を交渉したことのある事実は当審証人鬼木万次郎(第一、二回)同森山満の証言によつてこれを認めることができるが、その間被控訴人は売買契約の履行を督促していたことは原判決の認定の経過に徴し明らかであるから控訴人等が他に処分せんとしていた事実をもつて本件売買契約の成立ないし存続を否定する資料とするに足りない。
(四) その他冒頭認定の売買契約の成立をくつがえすに足る事情を徴すべき反証はないから、控訴人宮崎同鬼木の両名は被控訴人に対し本件宅地建物の引渡及び所有権移転登記手続をなすべき義務があるところ、原判決挙示の甲第九、第一二号証、原審証人松岡清助(第一、二回)、同鬼木万次郎(第二回)の各証言、当審被控訴本人尋問の結果(第一回)を総合すれば、昭和二七年一二月一五日頃残代金一二五万円の支払方法に関し本件宅地建物についている抵当債務を被控訴人が引受けその残額を支払う旨の話合が進められたが、抵当債権者との交渉がうまくゆかなかつたため、右約定は成立するに至らなかつた事実を認めることができ、他に残代金の支払時期方法について特段の約定の存在を認めるに足る証拠がない(甲第九号証記載の条項のような約定の存在が認められないことは既に説明したとおり)本件においては、被控訴人は残代金一二五万円の支払義務があるが右と控訴人等の履行義務とは同時履行の関係にあると認めるべきであるから、控訴人等(宮崎、鬼木の両名)は被控訴人から受領すべき残代金一二五万円と引換においてのみ被控訴人に対し本件宅地建物の引渡及び所有権移転登記手続をなすべき義務がある。
(五) 控訴人都田の所有権取得が仮処分債権者たる被控訴人に対抗できないことは原判決説示のとおりであり、この点に関しては同控訴人の善意悪意は問うところでない。また同控訴人が本件宅地建物を買受けその引渡を受けたのが被控訴人の仮処分登記前であつたことも、同控訴人の所有権取得登記手続が右仮処分の登記後になされたものである以上、これをもつて被控訴人に対抗しえないことに変りはない。
しかして被控訴人はまだ本件宅地建物の所有権取得登記を受けていないけれども、被控訴人の処分禁止の仮処分の本案訴訟である本訴請求が理由があり被保全権利の存在が認められる以上、被控訴人は自ら所有権取得登記をなしうる状態にあるから、控訴人都田に対し本件宅地建物の所有権取得登記の抹消手続を求めるとともに、その明渡を求めることができると解すべきである。
(六) なお控訴人都田の留置権の抗弁について考えると当審証人都田恒夫の証言、原審控訴本人(都田)尋問の結果及びこれにより成立を認めることができる丙第四号証の一、二(同控訴人提出の丙第八号証は成立についての立証がないから採用に値しない)によれば、同控訴人が本件建物にある程度の補修を加えた事実を認めることができるけれども、これによつてはまだ具体的な補修ないし改良の程度及びそれに支出した金額を明認できず、他にこれを確認するに足る証拠はないから、同控訴人の留置権の主張は採用できない。
以上の次第であるから被控訴人の控訴人三名に対する本訴請求は控訴人宮崎同鬼木に対しては残代金一二五万円と引換に本件宅地建物の引渡及び所有権移転登記手続をなすべきものとする外はすべて正当であるから、右の限度において原判決を変更しその余の控訴は理由がないので棄却する。なお被控訴人の仮執行宣言の申立は仮執行を不相当と認めるので却下することとする。
よつて民事訴訟法第八九条第九五条第九六条第九二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 川井立夫 秦亘 高石博良)